2019年度 「自画像」

2019年度 「自画像」

珊瑚舎スコーレの卒業制作は、文章による『自画像』です。自分という存在に一つの輪郭を与える営みです。高等部を卒業する生徒2名の自画像を紹介します。

 

 
自画像  A.K.
 僕は、彼の心の中に住むもう1人の自分だ。少しの間、彼について語りたい。
 
 彼は意見を言う時、急に右手を挙げる。肘は、曲がって静かに挙げる。挙がった事に気づくとみんなの視線が彼に向く。それと同時に話し始める。ゆっくりと言葉を探しながら声にする。耳を赤くし、手汗をかきながらも意見を言い続ける。自分が間違っているかも知れない、否定されるかもという不安は彼にはないのだろうか。多分、あるだろう。そう思った。不安があるからこそ、彼は人に寄り添う事ができていると思う。自分の意見を正当化したくないし、相手を頭ごなしに否定したくないそんな気持ちが彼にあったように思える。聞いて、伝えて、また聞く。彼がめざしていた、対話のスタイルだった。
 
  中等部の時の彼は、こんな立派ではなかった。違うなって思う意見があっても自分の意見を押し殺し、大多数の意見に合わしていた。自分の思いを言うのも得意ではなかった。
 
  それがなぜ今はこんなにもたくましくなったのだろうか。高3だったから?意見をハッキリ言える人に負けたくなかったから?彼を見てそれは無いと断言出来る。彼は、授業を良くしたい、毎日を楽しく過ごしたい、その強い思いで意見を言っていた。
 
  18年間、彼を常に見てきた僕は思う。これからも、沢山の人と意見を交わしていくと思う。日本だけではなく、いろんな国に行き、その場所その場所で違った対話をしているだろう。日本を出たら、文化も考え方も違う人ばかりだ。寄り添う事がさらに難しくなるだろう。だけど、彼は負けないってわかっている。珊瑚舎で学んだ事が数え切れないほどあるからね。僕からもエールを送る。立ち止まってもいい、後退したってもいい、寄り道だってもちろんいい。また、進む時のための準備としてね。
 
 

 
 
 自画像   U.H.
 
 自分に問いかける。何度も何度も問いかける。少しずつ見えてくる。自分の嫌いなところ、黒い部分。言い訳して、逃げて、同じ失敗を繰り返す。だらだらと過ごし、表面的にはあたかも頑張ってるようなフリして、そんな自分が許せない、って自分で思ってるくせに体は動かない。手にも足にも頭の中にも十トンくらいのおもりが入ってるよう。なにも考えたくない。どこにも行きたくない。めんどくさい。疲れた。だるい。なんでもいいよ。本当クソだな。わかってるけど動けない。いや、動きたくない。あぁ、もう1日が終わる。そんな無関心な自分。
 
 なにも知らない。なにも分からない。日本の政治も、世界の環境問題も、差別も、ジェンダーも、フェミニズムも、右翼も、言語も、呆れるくらいに、なにも知らない。悔しい。もどかしい。なにが必要だ。なにをしたらいい。わかりやすい方法は、知識を増やすこと。つまり勉強。本を読み、新しい言葉を覚え、客観的に物事を知る。それももちろん必要。でも、今の俺が本当にやりたいことはなんだ。答えは珊瑚舍での時間が気づかせてくれた。それは人に会うことだ。国、文化、政治、言葉、考え方、全部、全部違う。そんな面白い奴が世界中にたっくさんいる。全員に会おう、全員と話そう。今すぐに行こう。準備するのは一つだけ。自分が、なにも知らないこと、なにも分からないことにワクワクしていること。苦しくなったら逃げればいい。悲しくなったら、泣けばいい。時には怒ることもあるだろう。それでも「楽しい」を大切にする。そんな感情丸出しの自分。
 
 そんな二人がいる。まるで逆。正反対のU.H.。今までの出会いで作った、今の自分。もっともっと成長するために、俺は旅をする。俺にとっての旅は、生き方だ。自問自答を繰り返し、ガジュマルの根のように、沖縄の美しい海の海流のように、流れ、曲がり、伸びていく。苦しくてしんどい時も笑えるように、楽しめるように生きていく。U.H.という旅をどう表現していこうか。
 
※原文の明らかに入力ミスと思われる個所を訂正しています。
※個人名はアルファベット表記に置き換えています。
 
2020-04-10T23:20:08+00:00 2020/04/10 11:09:47 PM |自画像|